05:高畑寿弥

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1989年11月17日。高畑家の長女として産声を上げる。その後、次女⇒長男⇒次男と歳下の兄妹たちが産まれ、いつもお姉ちゃんとして家族の小さなリーダーであった。

テニス始めたの6歳。小学1年生だった。
キッカケは、『エースを狙え』の岡ひろみに憧れてだと言う。 テニス漫画の中で最も代表されるものかもしれない。
岡ひろみの健気に頑張る姿に惹かれ、またこうして後々のプロテニスプレイヤーは生まれたのである。
そう思うと、現代のテニス漫画代表は『ベイビーステップ』であり、未来のプロテニスプレイヤーを生むバイブルであるのかもしれない。
何をキッカケにスターが芽吹くのか分からない。本人が興味を示すことは、その後の人生において大きな力が働くことをを証明している。
岡ひろみに憧れテニスを始めた高畑選手は、高校時代からキャプテンを務め全国大会のトップを争ってきた。
高校卒業後、相愛大学に進学し2009年のインカレでシングルス優勝を飾り、2011年ユニバーシアードでは青山修子 選手と組んだダブルスで優勝を成し遂げた。

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その後、同年の10月1日にプロ転向を発表し翌月の全日本選手権でのダブルスも青山選手とのペアで初優勝を果たし、プロ転向幸先の良いデビューを果たす。
しかし、思ってもいない苦難が待ち受けていた。それは彼女にとっては厳しすぎるものだった。
翌年2012年の3月、プロ1年目での国内サーキット転戦中。
ダブルスを戦っている時に、ハプニングから膝の違和感を感じた。その試合は、最後まで戦いきったもののケアの時点で膝は大きく腫れ上がっていた。
泣く泣く次戦をキャンセルし東京から自宅までなんとか自力で帰った。
検査をする前から本人は、大きな怪我だと分かっていたという。
病院での検査後...
右膝『全十字靱帯断裂』『半月板損傷』

あまりにも過酷な検査結果であっただろう。
テニス選手でも多くの選手が膝の怪我から引退を余儀無くされてることは多い…
それもプロ1年目でそのハプニングに襲われたのだ。
失望に近い心を彼女は感じたかもしれない。せっかくデビューしたのに、いきなりの大怪我。それも膝の靱帯を切ってしまえば、テニスをするどころか私生活にも影響は出る。
最悪、歩けなくなる。
そんな不安は、どこまで受け止めれたのでしょうか。
今までにも膝の怪我からテニスどころではない選手が近くに居たので、小さな悩みではないことくらい私でさえ理解できた。
しかし、彼女の強いところはここから発揮される。
気持ちは常にテニスに向かい復帰へ全力を尽くすことを決めた。
もちろん強いと言っても散々悩み、迷い怖くなり、手術を決断したであろうことは皆様にも想像出来るかと思います。
実は彼女はこれで3度目の手術
中三の時に左手首。
大学1年に右手首。
不安な3度目の膝の手術を乗り越えてからは歩く練習が上手くいかず車椅子での生活が長かった。
経過を見ながらのリハビリの毎日。
休むことなく、身体の調整をする毎日。
膝が痛くて涙が止まらない日もあった。
お医者さんに泣きながら電話した日。
歩くことから再スタートする日々。
振り返るだけでも簡単な毎日ではなかった。
それでも泣いて立ち止まってても何も変わらないことを本人が一番感じていた。
そんな中、彼女を励ました1人として松本先生の存在が大きかった。
術後のトレーナーであり、治療でも診てもらい現在の活躍まで創り上げてきた。

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なんと膝の術後から、歩くことも困難だったのに短距離走では術前より1秒速く走れるようになったという。
身体を気遣うことから小さな怪我も減り、11ヶ月ツアー離脱から今の活躍を迎えている。
辛いリハビリの日々には、テニス以外での新しい出会いも増えた。様々な人から、これからの人生にとっても沢山の刺激を教えてもらった。
そして、若い頃からテニスに時間を使いきってきた彼女にとっては、友達との時間も大きな意味があったという。
そう強く話せる今の彼女を支えてきたのは、日々を共にする指導者たちであり、友達やアスリート仲間の存在だと思います。
人生がテニスだけでは無いことを知りながら、もう一度テニスにチャレンジし続けることは彼女を更に人として大きくした。
プロアスリートとして、身体のメンテナンスは本人が1番重要なことは理解してる。
しかし、人生に思いがけないハプニングが舞い降りた時、人々は良くも悪くも試されるのであろう。
彼女の底力はハプニングを越え続けることから生まれ、今を邁進する原動力の1つかもしれない。

そんな彼女はテニスを始めたキッカケ通りに漫画好きは今も変わらず、『少年ジャンプ』をこよなく愛する。

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先日、私も教えてもらったことでもあるが、皆様は少年ジャンプを創り上げる漫画は、3つのキーワードで構成されてることをご存知だろうか?
ケラケラ笑い、真剣な目をして私に問いかけてきた。
アスリートとして、スポーツマンシップの勉強を取り入れてる高畑選手だからこそ、好きそうな言葉を答えてみた。
まさにその学び通りの3つのキーワード。
『友情』『努力』『勝利』
であった。
私は面白くなり、自分の日記にこのストーリーを書いたぐらいである 。
その中でも、彼女の人生のバイブルは『NARUTO』なのだと教えてくれた。
『NARUTO』に登場するキャラクターそれぞれの生き様から、学びを得て己の人生に活かしている。
中途半端に読んでしまってる私には、充分すぎるほど面白いストーリーをいつも教えてくれる。
その時の彼女はキラキラしている。(笑)

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その話の中で、試合中にハチマキを巻くのはナルトの額当てを意識しているという極秘情報も手に入れた。
本人は『NARUTO』みたいで、カッコイイと思っている。
木の葉に所属してる忍者ではなく、ゴーセンにサポートしてもらいgoodマークを誇りに掲げる。
NARUTOになりたいが為に、ハチマキをわざわざ作ってもらった。
『一般の人に売れると思います。』という言葉に対してスポンサーサイドから『いや、売れないと思うよ。』の返しに衝撃を受ける彼女。
⇒(いつもサポートして下さるスポンサー様。ありがとうございますm(_ _)m)

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その顔を想像するだけで、また笑ってしまいそうになるが、至って彼女はいつも本気の取り組みを目指している。
食べることにも本気な彼女は、『NARUTO』以外にも『トリコ』も熟読している。
その内容の影響もあり、死ぬまでに世界一と呼ばれる料理を食べることが数多くの夢のひとつである。

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フルーツも大好きで、自称フルーツマスターである。マンゴーを切り込む時は食材の声を聞いているらしい。
この真剣な表情!(笑)
そして、この切り込んで頂いたマンゴーを食べるとき。
『すべての食材に感謝を込めて、いただきます!』
と、『トリコ』の王道セリフを言わされてから、私は美味しくマンゴーを楽しみました…(笑)

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漫画だけでなく本も同時にこよなく愛し、言葉もよく知っている。
感受性が豊かで、嬉しい時はちっちゃく飛び跳ねてる時があるくらい素直な表現力を持つ。
今年は、プロ1年目から所属契約して頂いてる『橋本総業』テニス部の新キャプテンに就任している。
持ち前の明るさと関西のノリを活かした空気作りは、誰でも出来ることではないと感じているし彼女だからこそ、出来ることがあり彼女だからこそ、達成できることがある。
今も実際に近くでダブルスを組んでもらい底力を感じる時がある。
お互い15日連続、試合が続いた時があった。
それも灼熱のタイランドの夏で、疲労はピークを超えていた。
その15日間に何度か体調を崩し、試合前に吐いてる姿を私は見てしまっていた。
もう倒れるならリタイアすることも考えなければならない。
私は、彼女にそう言った覚えがあります。
それでも彼女はコートに入るなり毎回素晴らしいテニスを見せてくれた。
呼吸が狭く、ポイント間の数十秒に視点が合わないこともあったと言っていました。
それでも吐いた後にでも、何か身体に食べ物を通さなければと辛いながらにモクモクとドライフルーツを食べてる姿には、『この人、強いな!!』と笑ってしまったものです。

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困難に出会っても、ユーモアを忘れずに笑って笑って、突破してきた。
頑張り過ぎた後の涙は自然現象であり、また前を向く活力に繋がる。
貴女の生き様は、漫画同様に特別なストーリーとして誰かに伝わり続ける。
怪我を乗り越え、病気を乗り越え、なりたい自分になろうとする人。
そして学びを続け行動する姿は、自分自身を導く道を照らすのだと感じている。

さぁ!テニスファンの皆様!
是非とも彼女のテニスを見て頂きたい!!
彼女の繊細なタッチに、トレーニングで鍛えられた強い身体にフットワーク。
ネットプレーでの動きは、フルーツマスターでありダブルスマスター。
そして、心から『今』を楽しむ笑顔に出会って頂きたい。
これからの彼女に期待!!
彼女の全てがコートで表現されますように。
誰かがメッセージを受け取れますように。
更に幸せなテニス人生になりますように。

笑って笑って突き進め!!!!!

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久見香奈恵