07:日比野菜緒

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1994年11月28日
愛知県一宮市にて日比野家の次女として女の子が産声をあげる。
名前は菜緒。プロテニスプレイヤー沢松奈生子さんの名前から2文字もらった。
3人兄妹の末っ子であり、小さな頃は長女 莉子さんの後ろを常に追いかけていた。
姿を見失うと不安になり「莉子ちゃんがいない。莉子ちゃんがいない。」と探し回っていたそうだ。
そんな話を聞くと私の頭にはスタジオジブリの1つのお話。「トトロ」に出てくる小トトロの姿を想像してしまった。中トトロといつも行動する小トトロ。中トトロがいない時は半透明になり姿を消し、そそくさと安心出来る場所へ帰ろうとする。
そんな可愛い可愛い菜緒の物語。

彼女がプロテニスプレイヤーになるきっかけは?そしてこれからの未来をどう描いているのであろうか。気になる人も多いはずだ。

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『菜緒も行く?』
こんな言葉がきっかけになっただろうか。
母と兄で向かうテニスコート。
兄がテレビゲーム好きだったことが引き金になり、両親が外で遊べるスポーツをさせようと家の近くにあった木曽川ローンテニスクラブの門を叩いた。
ついでと言っては何だが、兄のそばに菜緒もいた。
それが始まりだ。

10歳でテニスを始めた。
沢松奈生子さんから名前をもらったが、テニスを始めた年齢は早いとは言えない。
しかしボールを打つリズム、ラケットの芯でボールを捉える能力は、周りより高かったことは今の私にでも想像出来る。
始まりは何処から何をきっかけに始まるか分からない。そしてその始まりは何処から何をきっかけに夢へと繋がるか分からない。
偶然にも出会い選んだ『テニス』というスポーツから無邪気な子供たちは何を受け取るだろうか。
ボールを打つたびに体に伝わる衝撃や、友達との出会いにゲームを通してからの勝ち負けだろうか。
私にはそれだけでないことを感じさせてくれた。そして彼女も今、心の底から様々なことを感じているだろう。
テニスだけでなくスポーツには、もっともっと大胆に目に見えて輝くものと、細かく見えにくくともキラキラ光り優しく強いものがあることを。

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木曽川ローンテニスクラブに通い出し、テニスに夢中になりつつあった。
始めて1年経った11歳で試合に出だす。
この1年の間に、テニスだけでなく素敵な人を見つけてしまう。
テニスクラブに名前入りの横断幕を飾っってもらえるような強い人。
当時はお手紙を書いたり、お人形をプレゼントするくらいキラキラ光る眩しい人。
そうそれは皆様もご存知であろう、現在プロで活躍する『秋田史帆』選手だった。
彼女のテニスは、昔からこんなにも幼い子の胸を打つものだったのだろう。
必然なのか偶然なのか。2人は時と共に同じ世界に足を踏み入れることになる。
菜緒自身も輝くものを発揮し始め、直ぐに全国中学生で単複 準優勝の結果を残した。
中牟田杯では単4強入りを果たし、日本のトップから世界のトップのグランドスラムへも憧れを持ち出した。
その憧れに近付く為にはITFジュニア大会で世界ジュニアランキングを獲得する必要があり、ITF ジュニアの大会を周る為にも岡山学芸館高等学校のテニス留学制度を利用し15歳でオーストラリアのプロワンテニスアカデミーに入門した。
異国での生活と大会を周ることは様々な国の選手に触れ合い語学能力も伸びた。
そして当初の世界トップへの憧れには、その冬の全豪で叶い順調な伸び上がりを証明した。
グランドスラムジュニアを卒業し、一般でのグランドスラムへ挑戦する為にも高2の冬に竹内映二さん率いるテニスラボに入門した。高3の5月には一般のITFサーキットに初参戦を果たす。
今、世界ランキング保持者はシングルスランキングだけで1284人。
世界ランキングを獲得するためにはWTA・ITFが認める国際大会で10点以上のポイント獲得をするか、3大会で総合3ポイント以上を獲得を出来るかである。
【※ 10,000ドル大会の1回戦勝利で獲得できるポイントは、1ポイント】

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彼女が初参戦した軽井沢国際は賞金総額25,000ドル大会で、主にグランドスラムへと続く国際大会の登竜門である。
国際大会で最も小さな賞金額大会は10,000ドル大会であり、そこから25,000ドル大会→50,000ドル大会→75,000ドル大会とグレードが上がり、グランドスラムの中でも一番 賞金総額が高い全米オープンでは42,300,000ドル(およそ日本円で52億1730万)となる。

そんな新たな世界への挑戦に彼女は大きく期待したのだろうか。
その時のことを思い出してもらうと『それなりに上手くいくだろう。安易な考えだったと思います。』と答えてくれた。
言葉通りに大きく不安に思うことも、緊張することも無く淡々と挑むことになった。
結果は予選1回戦で手塚玲美プロにしっかりと打ち砕かれた。スコアも競らなかったITF初戦になった。『この世界はそんなに甘くないよ!』プロ世界からの洗礼だっただろう。
しかし彼女は只者ではなかった。その後の有明国際を本戦ワイルドカードで出場したかと思えばサックリとITF初優勝を飾った。そのまま三重国際、GSユアサオープンと国内での10,000ドル大会を3大会優勝する。
高校生プレイヤーすぐさまプロに転向か?そんな期待がテニス界に広がった。

しかし彼女は周囲の期待とは違った感情になっていた。
『優勝することは嬉しいんです。でもあの頃はテニスなんて好きじゃない。って言ってしまってる時で...プロになることよりアメリカの大学を考えていました。』
誰でも考える時期である。
これからの人生の行く先をどこへ向けようか。何をしていこうかと。
皆様は人生のターニングポイントになりそうな変化を選べる時、どうやって道を選んでいるでしょうか。

フィギアスケートで国民的スターでもある浅田真央さん。
2014年のソチ五輪終了後に引退か現役続行か考える為に1年間の休養を望んだ。
私は彼女をテレビ越しにしか見たことしかないが、必ずスケートリンクに戻ってくるだろうと感じていた。何故ならばスケートが好きそうだからだ。リンク上での彼女は輝いている。苦しみもスケートから生まれてたかもしれないが、笑顔や勇気。そして自分を支える希望の源、努力を続ける大切さをスケートから得ているように想像した。

周囲の期待は時に自分自身を壊すほどの何かになり得るかもしれない。しかし選ばれた人にしか感じられない苦悩でもある。
自分自身を試せる苦悩なら買ってでも苦しみを感じることは、もしかしたら意味があるかもしれない。
ただその決断は、その後どうなるか分からない。それも事実である。だから悩み迷うのだろう。誰でも未来に幸せを感じたい。そして葛藤の末、決断し道を選ぶ。

日比野 菜緒は2013年の4月にプロ転向を発表した。
好きじゃないテニスを選んだ理由のひとつに同期の94年組の存在がある。
それぞれグランドスラムジュニアでも活躍してきた有望な7人でプロ生活をスタートした。
周りの輝きは眩しく、自分も輝けるのだろうか。そんな挑戦をこれからの人生に託した。
決意の日々からも勢いは止まらなかった。プロ1年目でセキショウオープン・25,000ドル大会で優勝を果たす。プロ2年目の夏にはグランドスラムである全米オープンの予選に出場出来るランキングに辿り着いた。プロ3年目の2015年には久留米国際・50,000ドル大会での優勝を皮切りにアメリカでの50,000ドル大会で2週連続優勝。そして記憶にも新しいウズベキスタン・タシュケントで行われたWTAの250,000ドル大会でWTA初優勝を飾る。

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『プロなってからも練習は好きじゃ無かった』
こんなことも正直に言ってしまう彼女だが、練習を休むこともなく毎朝ラケットと共にテニスコートに立った。ホームコートでは色んな日比野 菜緒を見せてくれる。
ケラケラと元気に朝から大きく笑うとき。
調子が良いのか、いきなり踊りだすとき。
子供みたいに わがままを言ってるとき。
食べ物の話を夢中にしてるとき。
暇があれば変顔の写真を撮り続けてるときもある。(これ意味不明。笑)
もう誰が見ても若さ溢れ、好奇心旺盛な普通の21歳の女の子である。

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ふざけてるかと思ったら真面目に黙々とボールを打ってるときもある。
のめり込むように計算通りにボールを打ち続けている。
その先にプロフェッショナルとして仕事としてナーバスになることもあるみたいだ。
海外・国内遠征での移動の連続からの束の間の家。
帰ってきても心は休めれず体調も崩れる。
行くべきだと分かっていても身体が動かない時。
それでもコートは待っていて同じすぎる毎日の日々に悩むとき。
しかし変わること無く上手くなりたいと励み続ける日々。
上手くいかなくて上手くいかなくて練習コートで涙が止めれなくなるとき。
思わずコートに座り込んでしまうとき。
出来ない自分に我慢が出来ないとき。
人と人の距離で悩むとき。
物事をはっきり言い過ぎてしまうとき。
「もう嫌っ」
この言葉と同時に何度も瞬間を捨ててしまうとき。
コーチに生意気なことを言ってぶつかってしまうところ。
その後に後悔してるけど謝れないとき。
でもちゃんと向き合う素直さを持ってるところ。
いつの間にか改善されてるところ。
何だってやると決めたら頑張れちゃう強さ。
気付いたら どんどん成長してて大人になっていくところ。
私には、ひとつの心が揺れてる姿には愛しさしかありません。

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『好きじゃない』というテニス。
きっと自分の中で表現方法が決まってないだけだと感じます。
今は前よりも倍以上好きだと感じてるはず。
頑張れた自分に愛しさを覚え出し、テニスが出来ることへの感謝も心の底に根を張り出している。
描く未来地図は世界を越え、宇宙レベルまで膨らんでるかもしれない。
子供っぽくて大人っぽい21歳。
ねぇ菜緒。どんな感じなのだろう。
貴女の言葉では読み切れないところがあるの。(笑)
それに、いつの日か急に口に出した言葉。帰りの車の中での出来事。
『好きの定義ってなんですか?』
唐突な質問であっけに取られた私は、『そんなもの分かりません!』と直ぐに言葉を投げ捨ててしまいました。あれから質問内容なんかより貴女の思考の方が気になったのを覚えてる。
それとあの時の返答だけど、今なら少しだけ答えれるかもしれない。
私の場合の『好き』は離れられないもの。どれほど離れようとしても道を歩いてる途中にフワフワ飛んでくるもの。気になってしょうがないもの。確かめたくなるもので、自分を幸せに導いてくれるもの。

『日比野 菜緒にとってのテニスとは??』
いつの日か彼女の表現を何処かで言葉にしてくれるときが待ち遠しくて楽しみで仕方ない。

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そんな彼女は現在、2016年プロ4年目のシーズンをスタートしている。
立派に南半球でWTA国際大会の本戦から登場している。
前年のWTA優勝では日本ランキング1位を記録したが、奈良くるみ選手や土居美咲選手を越えれてない感覚があると本人も冷静だ。
どこの取材にもリオ五輪での出場と活躍を発表している。
少しずつプレッシャーに感じることもあるのだと言う。
しかし、面白いことにランキング目標も立てたことが無い彼女。
一体、何が本当の目標なんだ?と聞いたところ
『ラッキーとか一時的なものじゃなくて、本物の世界トップと呼んでもらえるようになりたいんです。内容も世界トップでランキングなんかよりも実力が欲しい。いつかはツアーファイナルの切符を勝ち取れるようになりたいし、日本代表として戦える人間力も手に入れたい。』
そう言った彼女は先日発表されたフェドカップ アジア/オセアニアゾーン・グループ1部の日本代表選手に選ばれた。こうしてまた一つ彼女の願いは叶い更に前進する。

『好き』の定義が気になった彼女は、同時に『プロフェッショナル』の定義も探してるかもしれない。誰しもが仕事をする上でプロを目指すのであれば必ず頭に『どうあるべきなのか』『どうありたいか』と考えるだろう。プロ生活11年を過ごした私にとっても、この題材は面白いもので夢中になる。そして、これには人それぞれの個性も反映され成長と共に変化が訪れるもので、その変化がワクワクするほど楽しいのだ。
彼女のプロフェッショナル感にもどんな変化が訪れるのか想像するだけで面白い。

さてこの1月4日からニュージーランド・オークランド行われていたASB Classicに参戦してた彼女は1・2回戦を勝ち上がり今大会 準優勝したドイツのJulia GOERGESに準々決勝で敗れベスト8の結果となった。
直ぐにオーストラリア・ホバートに移動しHOBART INTERNATIONALを戦い、2016年一つ目のグランドスラムである全豪を迎え討つ。

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こんな人間味溢れる彼女のテニスを!!!是非、皆様!!
ライブスコアで試合を追いかけるよりも直接観戦することで感じて頂きたい!!!!!
ストローク精度の高さと威力を持ち合わせ、小柄でありながら賢くファイトする彼女のテニスは見てても面白く勉強になる!!!!!
1つ若い心が揺れながらも必死に戦う姿を追いかけて欲しい。

繊細で真っ直ぐでピュアな心。
誰かの言葉や行動に傷付き埋もれそうになった時は、貴女を変わらずに大切に想う人を思い出してね。(※ちゃんと自分自身も周りを大切にすること!笑)

テニスで進化を続ける貴女に感謝を込めて。。。
彼女自身がプロテニスプレイヤー日比野 菜緒を愛せる日が来ますように。
そしてプロテニスプレイヤー日比野 菜緒が愛される幸せを心から感じ続けれますように。

目指せ最高の自分自身!!!!!!!
羽ばたけ日比野 菜緒!!!

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久見香奈恵